プロとしての証

こんにちは。足利の学習塾 森戸塾の森戸です。

現在、春期講習の真っ最中です。

以前から通ってくれている生徒たちはもちろんですが、今回の講習で初めて森戸塾に来てくれた生徒もたくさんです。

ニューフェイスがずらりと並んだ教室で授業をするのは、ふだんにも増して緊張します。

塾の先生になってから、かれこれ20年以上が経ちますが、これは何年経っても変わりません。

ところで、私が好きなバンドに「ザ・スミス」というグループがあります。

80年代のイギリスのバンドで、もうとっくに解散してしまっていますが、今でも好きでよく聞きます。

その「ザ・スミス」のギタリストであり、バンドのすべての曲を作曲しているのが「ジョニー・マー」という人物です。

彼の奏でるギターの旋律は時に美しく、そして時に切なく、聞く人々を魅了します。

私が10代の頃から最も憧れているギタリストの1人です。

そのジョニー・マーですが、ライブ本番の前に、緊張で吐き気を催すこともあったという話を読んだことがあります。

しかし、YouTubeなどで映像を見ても、そんな様子は微塵も感じられません。

どの映像も、涼しげな表情で軽やかにギターを弾いています。

それを見て思うのは、どんな状態であっても颯爽とステージをこなす「プロ根性」はさすがだということです。

そして、さらに思うことは、プロとして「正しく緊張することの大切さ」です。

たいていの人は、大勢の前で何かをしたり、しゃべったりする際に緊張をします。

実はこのとき感じる緊張には、2つの種類があります。

1つは「失敗して恥ずかしい思いをしたくない」という思いからくる緊張です。

そして、もう1つは「相手に満足を与えられるだろうか」という思いからくる緊張です。

どちらも同じ「緊張」ですが、この2つには大きな違いがあります。

それは、その緊張が「自分のことを考えたもの」か「相手のことを考えたもの」かということです。

たいていは、どちらか一方のみということはなく、両方が混ざりあった状態です。

しかし、どちらのウエイトが高いかによって、その人物が「自分本位」に物事を考えているか、あるいは「相手本位」に物事を考えているかがわかります。

「私の場合はどうだろう?」と自問自答をしてみました。

塾の先生をもう何年も続けていますので、さすがに「失敗したらどうしよう」という緊張感ではないようです。

やはり、自分の場合は「相手に満足を与えられるだろうか」という緊張感だと思います。

ふだんから指導している生徒であれば、それぞれの学力や弱点などがわかっているので、ある程度の余裕を持って指導をすることができます。

しかし、初めて指導する生徒の場合は事前の情報がほとんどなく、まさに手探りの状態です。

ですから、いつもよりなお一層、緊張も高まります。

せっかく講習に参加してくれた以上は、何かしらの満足を得て帰ってほしい。

そう思えばこその緊張です。

ジョニー・マーもおそらく同じだったのではないかと思います。

今日、ライブに来てくれたお客さんに最大の満足を与えたい。

その思いが、本番前の吐き気を催すほどの緊張を生んでいたのではないかと思います。

したがって、その緊張は「プロとしての証」ということになるのではないかと思います。

偉大なミュージシャンと自分自身を、同列にならべて物事を論じるのは、大変おこがましいことですが、そう考えると、私もとりあえずはプロとして合格ということになるのでしょう。

さて、春期講習はまだまだ続きますが、まずは第1タームの新中1の授業が終わりました。

ありがたいことに、参加してくれた講習生全員が、正式な入塾の手続きをしてくれました。

なかには、それまで通っていた塾を辞めて、わざわざ私の塾に移ってくれた生徒もいます。

今回、新入塾生のお母様と話をするなかで、多くのお母様からこのような言葉をいただきました。

「子どもが、授業がすごくわかりやすいと喜んでいました」

さらには、こんな言葉もです。

「授業がとてもわかりやすいので、すごくやる気になると言ってました」

授業がわかりやすいと生徒がやる気になる。

ものすごく当たり前のことですが、とても大切なことに改めて気づかされた思いです。

こうなれば、さらに指導に磨きをかけて、生徒たちにもっとやる気になってもらおうと思います。

初めて塾の先生になった頃、まだ20代の若者だった私も、いつの間にかに50歳を超え、今では完ぺきなオジサンとなりました。

すでにベテランと呼ばれてもいい年齢です。

しかし、これまでの経験に頼るばかりでは、さらなる進歩は望めません。

これからも、生徒たちにより一層の満足が与えられるよう、新たなことに挑戦し続けていきたいと考えています。

そして、こんなふうに考える機会を得たことが、私にとって、今回の春期講習における最大の収穫だったのではないかと思います。

今日はこのへんで。