個の力

こんにちは。足利の学習塾 森戸塾の森戸です。

春期講習が終わり、いよいよ新学期がスタートしました。

大変ありがたいことに、今回の講習から新たに授業に加わった講習生の全員が、そのまま森戸塾の正式な塾生となってくれました。

それにより、新中3と新中2のクラスは、早くも満員となりました。

これで、両学年とも空きが出ない限り、今年度の募集は終了です。

新中1のクラスはまだ空きがありますが、それでも残りは3人です。

新中1は例年、初めての定期テストが終わると入塾希望の問い合わせが増えます。

やはり、実際にテストを受けてみて、塾なしで点数を取ることの難しさがわかるようです。

教科書改訂を経た今年度は、例年以上にそうなることが予想されます。

英語を中心として、学習内容がだいぶ難しくなっているのです。

今までの教科書であれば「be動詞」と「一般動詞」をそれぞれを順番に教えていましたが、それが、新しくなった教科書では、最初からいきなり一緒に登場します。

中学校の早い段階で英語が苦手になってしまう子には、ある共通した特徴があります。

「be動詞」と「一般動詞」の機能的な違いと、それぞれの扱い方の違いがわかっていないということです。

ですから、そのあたりを上手にわかりやすく説明してあげるのがプロの務めです。

しかし、残念なことに、それができる先生がなかなかいません。

なぜかと言うと、英語の先生は学生のころから英語が得意だった人が多く、英語の学習でつまづいた経験がほとんどないからです。

つまり、生徒の「わからない」という状態が「わからない」のです。

私の場合はあまり自慢はできませんが、中学生時代に英語が苦手だった経験があります。

ですから、生徒の「わからない」が十分にわかっているつもりです。

ところで、今年変わるのは教科書だけではありません。

足利地域の高校入試も大きく変わります。

ご存知のとおり、足利高校と足利女子高校が合併して、新しい足利高校に生まれ変わります。

それに先立っておこなわれる今年度の入試は、合併校にとっての最初の入試となります。

これが足利地域の入試全体に、どのような影響を与えるかは、また別の機会に述べたいと思います。

今回話題の中心としたいのは、両校の合併がこの足利にとって何を意味しているかということです。

ご存知のとおり、足利高校と足利女子高校は足利の誇る伝統校であり、創立以来数々の実績を出してきた進学校です。

しかしながら、ここ20年あまりの間、両校ともにレベルの低下が激しく、入試倍率もきわめて低い状態がつづいてきました。

それにともない、他の地域の進学校にくらべ、進学実績もだいぶ見劣りをしたものになってしまっています。

そのような状況の下で、県が進める高校再編計画により、今回の合併となったわけです。

しかし、まわりの地域を見回してみても、地域トップの進学校が消滅するという話は、桐生高校と桐生女子高校の合併を除いては、ほかに聞いたことがありません。

太田高校も太田女子高校も、栃木高校も栃木女子高校も、依然としてレベルは高く、進学校としては健在です。

この差はいったい何が原因なのでしょうか。

それは、街の「勢い」の差だと思います。

残念ながら足利には、街としてのかつてのような「勢い」がありません。

進学校の人気とレベルは、その街の勢いに比例します。

勢いのある街の進学校は人気が高く、レベルも高いまま維持されます。

しかし、そのいっぽうで、そうでない街では進学校の人気が低迷し、進学実績も大きく落ちます。

そして、その結果としてその高校だけではなく、地域全体の高校のレベルも大きく低下するのです。

残念ながら、そのような状態となってしまっているのが、現在の足利なのです。

しかし、勢いということに関して言えば、これは日本全体に言えることかもしれません。

バブル崩壊から30年、先進国の中で唯一、まともに経済発展ができていないのは日本だけです。

最近よく「クルマが高くなった」という言葉を聞きます。

確かにここ10年くらいの間で、新車の価格が1.5倍から2倍程度になった気がします。

ちょっとしたコンパクトカーでも200万円もするのは驚きです。

しかし、これはクルマが高くなったのではありません。

日本人の所得が増えていないだけなのです。

ここ20年の間で、欧米先進国の経済は1.5倍から2倍程度に成長しました。

それにより、人々の所得も確実に増えています。

したがって、現在のクルマの価格は、欧米先進国の人たちにとっては、以前と同様に妥当な価格なのです。

国に勢いがある時代であれば、ふつうに勉強してふつうに働けば、ふつうの暮らしが立ちます。

しかしながら、そうでない時代を生きるには、より「個の力」が必要となってきます。

これからの日本を生きるためには、さらにしっかりとした「個の力」が必要となるのは間違いないようです。

今日はこのへんで。