投稿者「johnny」のアーカイブ

「失われた30年」と塾業界の現在地

2月8日、衆議院の総選挙がおこなわれます。
これからの日本の行方を左右する、非常に重要な選挙です。私自身、選挙権を得て以来、選挙に行かなかった記憶はほとんどありません。今回の選挙ももちろん、与えられた一票に自分なりの思いを託し、投票に行くつもりです。

よく「失われた30年」という言葉が使われます。この30年間、日本はほとんど経済成長ができませんでした。アメリカやヨーロッパ諸国、アジアの新興国までもが成長を続ける中、日本だけが取り残され、「一人負け」の状態が続いていると言っても過言ではないでしょう。

最近では「観光公害」という言葉が聞かれるほど、日本各地の観光地には外国人観光客があふれています。日本の文化や歴史、日本人そのものが好きで訪れてくれている方も多く、それ自体は喜ばしいことです。しかし、ここまで外国人観光客が増えた理由は、日本の魅力だけではありません。日本が「安い国」になってしまった、という現実があります。

30〜40年ほど前まで、日本は先進国の中でも物価が非常に高い国でした。それが今では、先進国の中で最も安い国の一つになってしまっています。もう10年ほど前の話ですが、我が家にホームステイをしていたアメリカ人の女の子が、日本の物価の安さに驚いていたことをよく覚えています。すでにその頃からそうだったのですから、今はなおさらでしょう。

その一方で、日本人の所得はなかなか増えません。税金や社会保険料は上がり続け、可処分所得は減る一方です。
ある外国の経済学者はこう述べています。日本人は勤勉で、教育水準も高く、長時間働いている。
それでも経済が停滞したのは、国民の問題ではなく、政策(政治)の失敗だ」と。

私個人の政治的見解については、ここでは控えたいと思います。ただ、確かにそうした側面があるのも事実でしょう。しかし、それでも私は「政治が悪い」という一言で片づけてしまうことには、少し違和感を覚えます。

日本は民主主義の国です。選挙制度があり、私たちは投票を通じて自分たちの意思を政治に反映させることができます。ところが現実を見ると、毎回の選挙で、ほぼ半分の国民が投票に行かず、自らその権利を放棄しています。
そう考えると、今日の日本の状況を作ったのは政治家だけではなく、政治に無関心であり続けた国民の側にも責任があるのではないか、私はそう感じています。

なぜこんな話をしているのか。
実は、今日お話ししたいのは政治の話そのものではなく、「塾」の話なのです。

現在の塾業界はどうなっているかというと、大手学習塾による市場の寡占が進んでいます。大手に市場を奪われる形で、中小の塾が次々と姿を消しているのが現状です。
幸い、私の塾はここ足利において、大手に引けを取らない数の生徒に通っていただいており、この流れにそのまま当てはまるわけではありません。

ただ、業界全体を見ていて思うことがあります。大手塾の中には、正直言って中身があまりにも乏しい塾が少なくありません。そうした塾ほど、派手な宣伝や勢いのある広告で、多くの生徒を集めているようにも見えます。

では、そのような塾が悪いのでしょうか。
以前の私なら、そう考えていたかもしれません。しかし、今は少し考えが変わりました。

勢いや派手な宣伝に流されてしまう保護者の側にも、問題があるのではないかと思うようになったのです。「どこの塾がいいかわからないから、とりあえず目立つところへ」「子どもがそこがいいと言っているから」。そんな理由で塾を選び、しばらく通わせてから「失敗だった」と気づく。
それでも、子どもが嫌がっていないから、また探すのが面倒だからと、そのまま通わせ続けるケースも少なくありません。

結果として、そうした選択の積み重ねが、塾の質、ひいては塾業界全体の質を下げているのではないでしょうか。

昔は、個人が得られる情報には限りがありました。しかし今は、インターネットを使えば、いくらでも情報を集めることができます。本気で探し、本気で調べれば、本当に良い塾は必ず見つかるはずです。
それでも「よくわからないから」「考えるのが面倒だから」と思考を止めてしまう。その姿勢は、政治に無関心で選挙に行かない有権者の姿と、どこか重なって見えます。

政治に無関心な国民が政治の質を下げてしまうように、塾選びに無関心な保護者の態度が、塾業界全体の質を下げている――そんな可能性も、決して小さくはないのではないでしょうか。