魚の捕り方教えます

こんにちは。足利の学習塾 森戸塾の森戸です。

昨日、卒業生の保護者様からメールをいただきました。

今年の春に足高に合格した生徒のお母様です。

足高に入学したあとも、かなりがんばっているらしく、中間テストでもだいぶ上位の成績が取れたようです。

お母様によると、本人いわく、森戸塾で復習の大切さを教わったとのことです。

おそらくは、私の塾で身につけた家庭学習の習慣が、高校でも活きているのでしょう。

また、何日か前に、別の卒業生のお母様と話した時にも、同じような話題となりました。

その生徒も、高校生となった現在、毎日家で机に向かい、熱心に勉強をしているとのことでした。

やはり、私の塾に通ったことがきっかけで、自分から勉強する習慣がついたということです。

実は、私の塾にとって、このような話は今回が初めてではありません。

塾をオープンして以来、ものすごくたくさんのご家庭から、同様のお話をいただいています。

私は生徒を指導するにあたって、つねに2つのことを念頭に置いています。

まず1つ目は、生徒にとって最大限わかりやすい授業をすることです。

これは、塾として最も当たり前のことです。

学校の先生には大変失礼ですが、学校と同じレベルの授業をしていたのでは、塾が存在する意味がありません。

また、近隣のほかの塾と同じレベルの授業をしていても、私の塾がわざわざ存在する意味がありません。

さすがに日本一とまでは言いませんが、わかりやすい授業にかけては、足利で私の右に出る者はいないと自負しています。

2つ目は、生徒に自ら勉強する姿勢を身につけさせることです。

老子の格言に「授人以魚不如授人以漁」(人に授けるに魚を以てするは、漁を以てするに如かず)というのがあります。

空腹な人に魚を与えても、一時的な飢えしのぎとはなるが、根本的な解決とはならない。

それであれば、いつでも自分で魚が捕れるように、魚の捕り方を教えてあげたほうが親切である。

意味はだいたいこのような感じです。

これは、まさに勉強にも通じる内容です。

テストの前になると、わざわざ解答や解説をつけて、各中学校の「過去問」を配る塾もあるようです。

これこそまさに、魚を与える行為です。

中学校によっては、毎年ほとんど同じ問題をテストに出題する先生もいます。

そのような場合、生徒はほとんど労することなく高得点が取れます。

また、受験生を土日も含めてほぼ毎日塾に通わせて、授業漬けにする塾もあります。

これも魚を与える行為です。

生徒は言われたことだけをやっていればOKです。

いちいち自分の頭で考えなくても、とりあえず受験勉強ができます。

しかし、これでは根本的な解決にはなっていません。

なっていないどころか、かえってマイナスです。

それでも、中学校までであれば、どうにか誤魔化しがききます。

中学校では、たとえ本人に自主性がなくても、大人が十分にフォローしてあげられる程度の内容しか学習しないからです。

しかし、高校に入るとそのようなわけにはいかなくなります。

学習する内容がいっきに広く、そして深くなるため、自分から進んで勉強ができなければ、たちまち置いていかれてしまうのです。

高校生は、魚がもらえるのを待っていてはダメなのです。

ですから、学習塾は本来であれば、生徒が自分で魚を捕れるように、導いてあげなければならないのです。

しかし、世間の多くの学習塾が、生徒に安易に魚を与えてしまっています。

なぜでしょうか。

それは、そのほうが塾としては生徒が集めやすく、売り上げにもつながるからです。

定期テストの「過去問」を配っている塾の講師も、内心ではこう思っているはずです。

「こんなことは生徒のためにならない」

また、大量の授業や補習が、生徒にとっては、逆にマイナスであることも十分にわかっているはずです。

しかし、塾としての方針がそうである以上、現場の講師がそれに異を唱えることはできません。

社内での自分の立場を危うくしたくなければ、だまって従うしかないのです。

私がかつて勤めていた大手学習塾もそうでした。

テスト前には「過去問」を配り、生徒に実力以上の点数を取らせていました。

また、受験前には不安をあおり、生徒に大量のオプション講座を取らせていました。

もちろん、これらのことについて、疑問を感じている職員は大勢いました。

しかし、会社の上層部に対して、それを面と向かって口にできる者はだれもいませんでした。

確かに、塾は営利を目的とする民間企業であって、学校のような公的な教育機関ではありません。

しかし、利益のためであれば、何をやってもいいかと言えば、決してそうではありません。

やはり、塾が子どもたちに与える影響の大きさを自覚して、その子の人生にとって何がベストであるかを考えていかなければなりません。

それこそが、本当の意味での「生徒ファースト」であり、大人としての責任ある態度ではないでしょうか。

今日はこのへんで。