こんにちは。足利の学習塾 森戸塾の森戸です。
中3の娘の修学旅行が延期になりました。
6月だった予定が9月に変更になるようです。
昨年度の中3も、当初は6月の予定だったのが、秋へと延期になりました。
周辺の自治体が軒並み中止を決めるなかで、最終的に足利市だけは実施へと踏み切りました。
楽しみにしていた修学旅行に行くことができ、生徒たちにとっては、とてもよい決断だったと思います。
しかし、下野テストの日程と重なる中学校も出てしまい、受験勉強に影響があったことも事実です。
また、以前、我が家にホームステイをしていたアメリカ人の女の子が、今月、数年ぶりに日本を訪れる予定になっていました。
もちろん、家族全員で再会を心待ちにしていました。
しかし、この状況で来日がかなうわけもなく、楽しみにしていた再会は、また先の話になってしまいました。
当初、このコロナによる混乱も、1年間くらいの我慢で、どうにか落ち着くのではないかと考えていました。
しかし、その考えは甘かったようです。
コロナのない日常は、いったいいつ戻ってくるのでしょうか。
これからも引き続き、家で過ごす時間が長くなりそうです。
さて、今回は塾の「自習室」について考えてみたいと思います。
私の塾には自習室はありません。
自習室を設置しない理由は、スペースの問題もありますが、実はそれだけではありません。
必要がないからです。
実は、塾の自習室を効果的に利用できている生徒はあまりいません。
それは、高校生であってもです。
高校生は塾を選ぶ際、自習室があることをとても重視しますので、高校生を指導する塾にとって、自習室の設置は必須と考えられています。
したがって、私がかつて勤めていた大手学習塾の高等部にも自習室があり、学校が終わる夕方になると、毎日たくさんの生徒が訪れていました。
自習室に集まる生徒たちを見ていて、気づいたことが2つあります。
まず1つ目は、彼らは長い時間塾にいる割に、あまり勉強をしていないということです。
彼らが自習室に来て、まず最初にすることは席の確保です。
それが済むと、すぐに勉強を始めるのではなく、友達どうしで連れ立って、近くのコンビニに向かいます。
思い思いにパンやジュースを買い込んで塾に戻ると、今度はそれを食べながらの楽しいおしゃべりが始まります。
そして、それがひと通り済むと、やっと勉強がスタートするのです。
この時点で、最初に塾に到着してから、すでに1時間近くが経過しています。
それだけではありません。
やっと勉強が始まったかと思えば、今度はトイレだ、気分転換だと、たびたび席を離れます。
そして、またその都度おしゃべりが始まるのです。
これでは自習室ではなく、まるで「社交場」です。
ひょっとしたら、塾を放課後の部活か何かと勘違いしているのかもしれません。
何となく勉強した気分になり、それで安心しているのかもしれませんが、これでは成績は上がりません。
塾の側も「生徒が集まればそれでよし」という考えで、自習室の効果や運用については、あまり真剣に考えていません。
気づいたことの2つ目は、成績のいい生徒はあまり自習室を使わないということです。
成績のいい生徒は長い時間、塾にいません。
授業が終わると、さっさと家に帰ります。
その理由は、彼らにとって、もっとも落ち着いて勉強できる場所は自宅だからです。
勉強のできる子たちに共通しているのは、小学生のときから、家庭学習の習慣が身についているということです。
彼らにとって、もっとも慣れ親しんだ勉強場所は自宅であり、塾に自習室があるからといって、そこでわざわざで勉強する理由はないのです。
また、自宅であれば勉強に必要な参考書や問題集がすべてそろっています。
必要なものがいつでも手元にあり、勉強を滞りなく進めることができます。
しかし、自習室だとそうはいきません。
成績がいい子は、そのことが良くわかっているのです。
ここまで塾の自習室の現状について、いろいろと述べてきました。
高校生でさえもこの状況です。
それを考えると、中学生にとっては、なおさら自習室は不要なのではないでしょうか。
担当の人間がいて、常にしっかりとした管理ができるのであれば、自習室の設置そのものに問題はありません。
しかし、実際のところ、そのような体勢が整っている塾はほとんどありません。
ほとんどの塾において、自習室は放置されており、その利用方法ついては、ほぼ生徒任せの状態です。
したがって、たいして勉強もしていない生徒を、勉強をした気分にさせ、根拠のない安心を与えてしまう自習室の存在は、かえってマイナスなのです。
「塾で自習してくるよ」
お子さんのこの言葉に、安心する保護者様もいらっしゃるかと思います。
しかし、それが必ずしも安心の材料とはならないことを、保護者様も十分に知っておくべきなのかもしれません。
今日はこのへんで。
