習うは一生

こんにちは。足利の学習塾 森戸塾の森戸です。

昨日から今日にかけて、風がとても強いですね。

いよいよ本格的な冬が到来した模様です。

ここのところ、髪の毛がボサボサだったので、午前中に床屋さんに行ってきました。

私は足利に来てから20年ほどになるのですが、ずっと同じ床屋さんにお世話になっています。

その床屋さんとは、年齢も近く、趣味のことや、おたがいの子育てのことなど、とても話が合います。

足利が地元ではない私にとっては、貴重な友人のひとりです。

また、自分とまったく違った職業の話を聞くのも大きな刺激です。

お客さんに満足してもらうためには、常に新しい技術の習得が必要ということで、勉強会の様子などの話をいつも興味深く聞かせてもらっています。

どんな職業でもそうですが、その職業に就くことがゴールではありません。

それは単なるスタートであり、そこからが本当の勝負です。

私は16年前に自分の塾を始めました。

自分で言うのもなんですが、大手学習塾時代は、100名以上いる講師の中で、1、2位を争う指導力がありました。

ですから、もちろん、ある程度の自信があっての独立でした。

しかし、いま、独立当時の自分の授業をふり返ってこう思います。

「いやぁ、よく、あんなヘタクソな授業してたなぁ」(汗)

当時の授業が決してダメだったというわけではありません。

しかし、現在の自分とくらべると、どうしてもそのような感想になってしまうのです。

塾の先生は、基本的に、毎年同じことをしていても務まります。

しかし、私は自分の授業に決して満足しないように心がけています。

満足できる時もたまにはありますが、それでも年に1回あるかないかです。

日本ハム時代のダルビッシュ投手が、勝利後のインタビューで、たびたびこう答えていたのを覚えています。

「ダルビッシュ投手、きょうの投球はいかがでしたか?」

「ぜんぜんダメですね」

それを聞いて多くの人はこう思ったはずです。

「勝ったんだからぜんぜんダメじゃないじゃん!」

でも、ダルビッシュ投手としては、自分自身の目指す基準には達していなかったということなのでしょう。

それとくらべると、まったくスケールの小さな話で申し訳ないのですが、私の場合も同じです。

ですから、この16年の間、自分なりに工夫を加え、少しずつ、少しずつ、指導を進化させてきました。

ところで、これからは「人生100年時代」と言われています。

人類の寿命はますます伸びて、多くの人が100歳まで生きる時代が来ると言われています。

そうなると問題になるのは、それまで当たり前であった生き方が、当たり前ではなくなってしまうということです。

20歳前後で学校を卒業し、社会に出て40年程度働き、その後、リタイヤして余生を過ごすというのが、いままでの生き方でした。

しかし、これからの時代はそれが通用しません。

少子高齢化が激しく進む日本では、年金などの社会保障は、これからますます期待ができなくなっていきます。

そのような状況の中で、100年におよぶ長い人生を生きていくために、私たちは70歳や80歳まで働かなければならなくなるのです。

以前までの世代とくらべて、社会の第一線で働かなければならない期間が、およそ20年も延長されるのです。

そして、このことが示すのは、ただ、働く期間が伸びるということだけではなく、どんな職業のひとであっても、常に新しい知識や技術を学び続けなければならなくなるということです。

20歳から80歳までの60年間で、社会の構造が変化しないということはあり得ません。

あり得ないどころか、まったく別のものに変わってしまうのが当然でしょう。

ますます加速する技術の進歩により、これから多くの職業がなくなると予想されています。

いままでであれば、1つの職業を続けたまま、現役をまっとうすることも可能でした。

しかし、これからの時代はそうはいかなくなるのです。

多くの人が、長い職業人生の途中で、キャリアの転換をせまられるのです。

そうなると必要になるのが「学び直し」です。

学校を卒業したのちも、人生のどこかで、つぎのキャリアに進むための、大きな「学び直し」が必要となるのです。

そのためにも、これからの世代は、いままでの世代以上に、学ぶことの大切さを理解していなければなりません。

学生でいる間に、しっかりと学ぶ習慣を身につけて、社会に出ても、なおも学び続けることができるような、そんな姿勢を育てておかなければならないのです。

「習うは一生」

昔から言われている言葉ですが、現在ほど、この言葉の重みが感じられる時代はありません。

ひとりでも多くの生徒に、この言葉の大切さを伝え、私自身も常に学び続けていきたいと思います。

今日はこのへんで。